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小説 フォレスト中小企業診断士事務所~伴走者たちの協奏曲~第56話

第56話: 信頼を紡ぐ、もう一つの力


堀田の冷徹な揺さぶりは、アクアヘアの莉子の心を深く蝕んでいた。法外な値上げ、根も葉もない噂の流布、そして容赦ない立ち退き要求。しかし、アクアヘアのスタッフたちは、小池と比嘉の働きかけにより、店を守るという強い意思で団結していた。この内部の結束こそが、アクアヘアが巨大な力に対抗しうる「もう一つの力」となりつつあった。


フォレスト中小企業診断士事務所では、堀田の次なる手に対して、どのように反撃の狼煙を上げるか、小池、タカシ、エリカ、そして森所長が議論を重ねていた。

「堀田は、アクアヘアが内部から強固になったことに焦っている」小池が冷静に分析する。「彼らは、アクアヘアを単なる賃貸契約の相手としか見ていない。だからこそ、彼らが想定していない『世論』を味方につける戦略が必要です」

エリカは、以前から温めていたあるアイデアを提案した。彼女の瞳は、強い光を放っていた。

「相良さんのカリスマ性と、SNSでの影響力を最大限に活用した『クラウドファンディング』を立ち上げませんか?」


その言葉に、タカシが目を丸くした。「クラウドファンディング、ですか?…だけどそれは面白い…!でも、何のために資金を募るんですか?」

「お店のリニューアル、スタッフのスキルアップのための海外研修、そして地域への貢献活動です」エリカは、具体的に計画を語り始めた。「例えば、地域の高齢者施設へのボランティアカットや、子供向けのヘアアレンジ教室を開催するとか。アクアヘアが、この地域にとってどれだけ大切な存在か、そして、お客様の『輝き』をどれだけ真剣に考えているか、そのストーリーを伝えるんです」


莉子は、エリカの提案に目を輝かせた。「お客様に、私たちの想いを伝えられる…!それは、すごく嬉しいです!」

比嘉も頷く。「ただ、リニューアルや海外研修には、かなり大きな資金が必要になります。クラウドファンディングで、本当に目標額が集まるでしょうか?」

タカシは、すぐに電卓を取り出し、緻密な収支計画を練り始めた。「目標金額の設定、リターン品の設定、資金の使途の明確化…これらを戦略的に行う必要があります。お客様に『応援したい!』と思ってもらえるような、具体的なビジョンが必要です」

タカシは、大正精肉店が新メニュー開発で原価率を改善した経験を思い出し、クラウドファンディングのリターン品も、単なる割引だけでなく、アクアヘアならではの付加価値を提供できるようアドバイスした。例えば、莉子による特別なヘアケアアドバイスや、スタッフとの交流イベント参加権などだ。


小池は、クラウドファンディングの成功に向けたリスクとチャンスを冷静に分析した。「成功すれば、城南開発への強力なメッセージになります。世論を味方につけ、アクアヘアの『存在価値』を社会に示すことができる。しかし、目標金額に達しなかった場合、店の信用にも関わるリスクもあります。慎重に進める必要がある」

森所長は、静かに二人の意見を聞き、最後に頷いた。「勝算はある。アクアヘアの技術と、スタッフの絆、そして相良さんの情熱は本物だ。それを、世の中に伝えることができれば、必ず共感を生む」


翌日から、フォレスト事務所とアクアヘアのメンバーは、クラウドファンディングの準備に奔走した。エリカは、莉子やスタッフへのインタビューを重ね、彼らの技術への情熱、お客様への想い、そして店を守りたいという強い決意を、心揺さぶる言葉と映像で表現した。莉子自身も、カメラの前で自分の言葉で語ることに挑戦した。最初はぎこちなかったものの、比嘉やスタッフの温かい励ましを受け、次第に自然な笑顔で、アクアヘアの未来への想いを語れるようになった。


タカシは、クラウドファンディングのプラットフォーム選びから、リターン品の設定、法的な規約の確認まで、全てを細部にわたって管理した。彼の金融機関での経験が、ここでも遺憾なく発揮された。小池は、全体の指揮を執り、堀田からの新たな圧力が来ることを想定し、あらゆる事態に対応できるよう備えた。


「相良さん、この動画、本当に素敵です」エリカが、完成したクラウドファンディングのプロモーション動画を莉子に見せた。「これなら、きっと多くのお客様に、私たちの想いが届くはずです」

動画には、莉子がお客様の髪を真剣にカットする姿、スタッフが笑顔で協力し合う姿、そして、彼らがアクアヘアにかける情熱が、鮮やかに映し出されていた。


いよいよ、クラウドファンディングのスタートの日。アクアヘアのスタッフ全員が、店内で固唾を飲んで見守る中、エリカがパソコンのエンターキーを押した。

「始まりました!」エリカの声が、店内に響き渡る。

莉子も、比嘉も、スタッフたちも、皆がそれぞれのスマートフォンやタブレットを手に、プロジェクトページを開いた。SNSを通じて、一斉に拡散が始まった。


数分後、最初の支援通知が届いた。「〇〇様より、10,000円のご支援がありました!」エリカの声が、興奮気味に響く。

次々と支援通知が鳴り響き、コメント欄には「アクアヘア、応援しています!」「相良さんの技術、大好きです!」「スタッフの皆さん、頑張ってください!」といった応援メッセージが溢れていく。

「すごい…!こんなにすぐに…!」莉子は、信じられないという表情で、SNSの画面を見つめた。比嘉も、感動で目頭が熱くなる。

それは、単なるお金の支援ではなかった。お客様からの、アクアヘアに対する「信頼」と「期待」の表明だった。


このアクアヘアの予想外の動きは、城南開発の堀田をさらに苛立たせた。彼の情報網を通じて、クラウドファンディングの動きはすぐに堀田の耳に入った。

「クラウドファンディングだと…?馬鹿な…あんな素人が、世論を味方につけようとするとは…!」堀田は、信じられないという表情で報告書を睨みつけた。

彼は、SNSやクラウドファンディングといった現代的な手法を理解できず、有効な妨害策を見出すことができなかった。法的な圧力や物理的な嫌がらせは得意でも、世論という「目に見えない力」を操作する方法を知らなかったのだ。彼の頭の中には、常に「数字」と「契約」しかなかった。


アクアヘアの反撃の狼煙は、静かに、しかし確実に、街全体に広がり始めていた。それは、一美容室の問題を超え、街の未来を巡る戦いにおいて、大きな波紋を呼ぶことになる序章だった。堀田だけでなく、そしてその背後にあるより大きな力を持つ者たちの思惑が、このクラウドファンディングをきっかけに複雑に交錯し始めるだろう。アクアヘアの「再出発」をかけた戦いは、今、新たな局面を迎えようとしていた。


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