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小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第40話



第40話 迫るキャッシュアウトー再建への⽷⼝


 朝の光が少しずつ差し込み始めたフォレスト中小企業診断士事務所。光永精工を訪れた翌週の月曜日、小池、タカシ、エリカ、そして森診断士の四人は、光永精工に関する調査結果を持ち寄っていた。 

「皆さん、おはようございます。先日の現地調査を踏まえ、さっそく光永精工さんの取引先を確認してみました」 

 小池がそう切り出すと、タカシが分厚いファイルを開く。中には光永精工がこれまで受注していた案件や、取引先の企業情報が整理されていた。 


「見てわかったのは、大手メーカーとの取引が売上の大部分を占めていたことですね。ところが、その大手が海外に生産拠点を移し始めていて、光永精工への発注は大幅に減少しているようです」 

 タカシが指し示す資料には、ここ数年で急落している発注件数のグラフが示されていた。森はそれを眺めながら静かにうなずく。「つまり、今の経営不振は単なる景気の波だけではなく、主要な元請企業の海外移転が大きいということだね」 


「そうですね。これでは、どんなに頑張っても受注が来ない状況になりかねません。タカシ君、そのあたりの財務状況はどうなってる?」 

 森が問いかけると、タカシはもう一つのファイルを手に取り、表情を引き締める。「決算書をざっと確認したところ、売上が半減近くまで落ちこんでいます。加えて、在庫や売掛金の回収が遅れていて、工場家賃の負担もありキャッシュがかなり厳しい状況ですね。あと数か月で資金繰りが行き詰まる恐れがあるかと……」 


 その言葉を聞き、エリカは小さく息を飲んだ。先日工場を目の当たりにして感じた不安が、数字で裏付けられた形だ。「数か月でキャッシュアウト……倒産の危機、ということですよね」 


 エリカの声がわずかに震えるのを、森は気づいた。彼女の胸の中には、実家の倒産を経験した苦い思いがある。かつて家業を守りたくても守れなかった無力感が、今も心の奥に痛みとして残っているのだ。エリカは目を伏せながら、かすかに唇を噛んだ。 

(同じ思いは、もう誰にもしてほしくない――) 

 そう心の中で誓いつつ、彼女は言葉を続けた。「だからこそ、放っておけないんです。光永精工さんを何とかできないでしょうか」 



 森はエリカの気持ちを汲み取りながら、落ち着いた調子で話し始める。「確かに現状は厳しい。でも、あそこには、少なくとも何らかの強みになる可能性を秘めた技術がありそうだ。もしそれを活かせる道筋を作れば、再起のチャンスはあるかもしれない」 


 小池が資料を見ながら補足する。「ただ、昨日の様子では、社長の光永さん自身が営業や財務を苦手としているようでした。そこを支援しないと、仮に技術があっても受注には結びつかないでしょう」 


「それに、田所支店長の融資判断がネックになりそうです。『稼働率が極端に落ち、貸倒リスクが高い』と言っていましたし、支店長には本部や金融庁の視線もある。ああ言われると、簡単には追加融資を引き出せないですね」 

 タカシが苦い表情で言うと、森は複雑そうな顔でうなずいた。 

「田所さんは私の知る限り、かつてはもう少し企業の話を聞くタイプだったはずなんだけど……。上層部の方針や本部の理事の視線を恐れて、守りに入ってしまっているのかもしれない」 


 その言葉に、エリカは再び胸を痛める。かつて自分の父も、金融機関とのコミュニケーション不足で倒産まで追い詰められた。企業と銀行が手を携えることができれば、救われる可能性があるのに――そう考えると、やりきれなかった苦しさが心に蘇る。しかし、その苦しさは同時に、彼女の中に「何としても光永精工を助けたい」という闘志をも呼び覚ましていた。 


(もう同じ悲劇を繰り返したくない。絶対に諦めないで支援したい) 

 エリカは唇を結び、決意をこめてパソコンを開いた。 

「私、早速ですが、光永精工さんの過去の取引先リストや周辺業種の情報を洗い出してみます。何か活路になるルートがあるかもしれませんし、SNS発信などでできることを探したいです」 

 その声には先ほどまでの不安を振り払うような力強さがあった。タカシは「おお、頼もしい」と微笑み、小池も「エリカさんが本腰を入れるなら、きっと何か掴めますよ」と背中を押す。森はその様子を見て、小さくうなずいた。 

 こうしてフォレスト事務所は、緊急のプロジェクトチームを編成し、光永精工を集中的に分析することを決定した。 


―――


 夕方、再び光永精工を訪れた小池とタカシは、社長室で光永と向かい合っていた。薄暗いままの工場は変わらず、作業している従業員の姿もまばらだ。 

「社長、先に決算書などを拝見させていただきましたが、想像以上に受注が減っているようですね。もう少し詳しくお聞かせいただけますか」 

 小池が切り出すと、光永は苦い顔をしたまま資料に目を落とす。「まぁ、半分は大手メーカー次第だったからな。あそこが海外移転するとは思ってもみなかった」 


 タカシが補足する。「やはりその影響が大きいわけですね。これまで売上の七~八割がその大手メーカー関連とお見受けします。切り替え先は検討されていなかったのでしょうか」 

 光永は唇を曲げ、「そりゃ、何かしら探そうとはしたけど、やっぱりうちのような小さな工場に新規で大きな仕事をくれるところなんて、そうそう見つからんよ」と語気を強める。 


「ただ、今のままだとあと数か月でキャッシュが底をつく可能性が高いです。これ以上放置すれば、倒産に……」 

 タカシの言葉が終わる前に、光永が遮るように言った。「倒産だなんて、考えたくもないよ。従業員も家族もいるんだ。なんとか踏ん張りたいが、正直手が思いつかない」 


 その声には、職人気質の頑固さだけでなく、深刻な焦りが宿っていた。小池は静かにうなずき、「私たちが具体的な施策を提案します。まずは、可能性のある技術を洗い出して、どの業界で活かせるか考えましょう」と説得を続ける。 


 一方で、田所支店長はというと、この日も訪問はなかった。信用金庫としては、光永精工への追加融資は難しいという立場を崩していないらしい。社長も「田所支店長からはまだ何の連絡もない」と、どこか投げやりだ。 


 夜になり、フォレスト事務所に戻った小池、タカシ、エリカ、森は再度ミーティングに臨んだ。エリカがキーボードを叩きながら言う。「SNSで『精密加工』や『金属加工 小ロット』などのワードで検索したら、意外と新製品開発のニーズがあるかもしれないですね。スタートアップや研究機関とか……」 

「なるほど。大手メーカー一本槍だったから見えていなかった需要もあるかもしれない。そこを狙うには、営業体制の整備が欠かせないけど……」 

 小池が資料を眺めながら言葉を選ぶ。「光永社長は営業が苦手らしいです。今後は私たちが外部の販路開拓先とつなぐとか、エリカさんのSNS支援で情報発信をするとか、複数の手を打たないと」 

 タカシは大きくうなずく。「それと同時に財務体質の改善も急務ですね。キャッシュフローが危うい。もし信用金庫さんからの融資が厳しければ、公庫を含めた他の金融機関の活用も検討しないと間に合わないかも」 


 エリカはその言葉を聞き、ふと自分の父を思い出す。父は経営難に陥ったときに周りに相談できず、結局倒産まで追い込まれた。今思えば、もっと早く対策を打てば道はあったのかもしれない。そう考えると、光永社長の姿が自分の父と重なり、胸が痛んだ。 

(あのとき、誰かが力になってくれていたら……私は何もできず、ただ見守るしかなかった。今度こそ、同じ轍は踏みたくない) 

 エリカは拳を握り、「私、もっと情報発信の準備を進めます。新規顧客の獲得や少量多品種のニーズを探るのに、SNSを活かして早急にアピールしましょう。技術の可能性を伝えられれば、きっと道が開けるはずです」と言った。その声には、かつての無力感を振り払うような強い意志が込められている。 


 森はエリカの決意を感じ取り、静かに微笑む。「光永精工さんの技術がどの程度なのか、まだ私たちも掴みきれてはいません。けれど、企業として続けるための一番の要は『稼げる仕組み』を作ることです。受注が減ったまま放置すれば、いずれ終わりが来る。しかし、たとえわずかでも需要があるなら、そこから打開策を広げることはできるでしょう」 



 翌朝、光永精工の工場前。小池とエリカが車を降りると、ひんやりとした空気の中で、社長の光永が待っていた。小池が「おはようございます」と声をかけると、光永は微かな笑顔を見せる。「昨日、従業員とも話をしたよ。小さな案件でもいいから取りに行くしかないってな」 

 エリカは意を決して「社長、私がSNSやホームページで、御社の強みをアピールするお手伝いをしてもよろしいでしょうか?」と提案。光永は少し戸惑った顔で、「そんなので本当に注文が来るのか……?」と返す。 

 だが、エリカの瞳には揺るぎない闘志が宿っていた。「やってみなければわかりません。でも、可能性があるなら全力を尽くしたいんです。私も倒産を経験した家の子ですから……あのつらさは誰にも味わってほしくないんです」 

 光永は驚いたようにエリカを見つめたが、やがて小さく息をつき、力強くうなずく。「……そこまで言ってくれるなら、こちらからも頼むよ。俺もなんとか意地を見せたいからな」 


 そのやり取りを見ていた小池は、「では具体的な手順に入りましょう。最初は今ある加工機械で対応できる製品サンプルを作り、それを画像や動画で発信してみるのはどうでしょう」と続ける。 


 こうして、大手メーカーの海外移転によって崩壊寸前となった元請企業の影響を乗り越えるため、フォレスト事務所と光永精工は動き始めた。田所支店長の態度が厳しいのは相変わらずだが、エリカは自分の過去の痛みをバネにし、タカシは数字面から強力にサポートし、小池と森は全体を指揮する。 


 もはや時間がない。あと数か月でキャッシュアウト――その危機を迎える前に、光永精工が自らの可能性を掴み取れるかどうかが勝負のカギだ。 

 エリカの心の中には、あの日の倒産を思い出すたびに疼く痛みがある。しかし、だからこそ闘志に火がつく。「もう二度と家族を失望させるような悲しい光景は見たくない」――その誓いが、彼女の行動を突き動かしている。 


 光永精工にとっても、フォレスト事務所にとっても、ここが正念場。元請企業の海外移転という現実を突きつけられた今、残された時間はわずかしかない。しかし、小さな可能性でも見つかれば、そこから道は開ける。 

 田所支店長の背後の影は依然として重たいが、光永社長、そしてフォレスト事務所のメンバーたちは歩みを止めない。ここからが本当の戦い――エリカの心中には、かつての挫折を越えようとする決意が強く燃え始めていた。 

 
 
 

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