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小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第44話



第44話「大正精肉店の成功例 - 攻める営業のヒント」


 フォレスト中小企業診断士事務所の相談室に、光永精工の社長・光永茂が訪れたのは、朝一番のことだった。ドアを開けた瞬間、彼の表情にはどこか落ち着かないものがあり、小池やタカシ、エリカの姿を見ると少しだけ安堵の色を浮かべる。

「おはよう。今日は“営業”の話を教えてもらえるって…」

 そう切り出す声には、戸惑いと期待が同居していた。


 エリカが笑顔で声をかける。「光永さん、大正精肉店さんってご存じですか? 昔は営業しなくても何とかやれてたお店なんですけど、見違えるように変わったんですよ」

 光永は「ああ、あのコロッケが有名なとこか?」と思い出すように頷く。タカシが「そうです。最初は“待ち”の姿勢だったけど、“攻め”に転じて売上を伸ばした成功事例なんです」と補足する。


 そこへ、大正精肉店の店主・大正勝が姿を見せた。エリカの提案で、参考事例として話をしてもらうことになったのだ。勝は光永と握手しながら、かつて自分の店が辿った道を熱っぽく語り始める。

「うちも実際、もう潰れそうだったんですよ。売上は落ち込むばかりで、もうダメかってとこまで追い詰められて……俺もおっかなびっくりお客さんに電話でお願いしたり、店頭で必死に呼び込んだりしてました。だけど、それをきっかけに会社で一丸となれたし、組織として強くなれたんです」


 光永は驚いた様子で勝を見やる。「あれだけ有名になってる店でも、そんなギリギリのとこまで……」

「そうなんです。最終的にIFFAという国際コンテストで金賞をもらったのも確かに大きかったんですが、それだけじゃなくて、“自分たちの強み”をどう伝えるかが一番大事だったと思います。エリカさんたちが言うように、SNSとかイベントとかを活用して、『うちの良さ』をちゃんと発信したからこそ、これまで『肉屋』を使ったことがないようなお客さんが来てくれるようになった」

 勝の言葉にエリカが頷きながら、「SNSで写真をアップして、イベントでも試食を出して、広く知らせるんですよね。技術や商品の良さを知ってもらうには、やっぱり動かなきゃ始まらない」と補足する。


 タカシが手元のメモを見ながら続けた。「大正精肉店さんは最初、発信ができていませんでした。でも小池さんが伴走して、一緒にプランを組み立てていったんです。勝さんも『自分たちが変わらなきゃ』って思えたんですよね」


 勝は小池に目を向け、「そうなんだ。小池さんは決して偉そうじゃなくて、俺たちの立場に立って一緒に走ってくれた。小池さんたちがいがなかったら、俺はもっと早く諦めてたかもしれない」としみじみ語る。光永はそれを聞いて少し考え込むように口を閉ざした。


「……コンサルとか言うとお堅いイメージがあったが、実際はそうじゃないんだな」

 光永がそう漏らすと、小池は笑顔を向け、「私たちは伴走支援という考え方でやっています。企業さん自身が自ら動けるように、一緒に悩んで一緒に考えるんです」と答えた。


 勝はさらに話を続ける。「俺も、最初は電話するにも声が震えてましたよ。お客さんに『うちのコロッケをぜひ』なんて言ったことなかったですから。それでも従業員と役割分担して、チラシを配ったりSNSを始めたりしてるうちに、少しずつ自分たちが“チーム”になっていく感覚を得たんです。小池さんやエリカさんが『まずはここから』って段階的に提案してくれたのが大きかった」


 光永はメモ帳にペンを走らせ、「うちも技術を売りにしてるのに、誰にも伝えてなかったのかもな……」と呟く。タカシが「そうです。今はSNSやWEBで“今ならこういう加工が可能です”と発信できれば、困っている企業に届くかもしれません。お断りした企業にも、もう一度連絡を入れて自社の強みを説明してみるといいですよ。ただ、実際に電話をかけたりメールを書いたりするのは社長や従業員の方々が主体になってくださいね。私たちは文章の組み立てなどをお手伝いします」と提案する。


 光永は肩をすくめ、「電話営業なんてやったことねえが……まあ、やらなきゃ始まらんか」と苦笑い。ちょうどそこへ、エリカが「それならまず、簡単な対応マニュアルを私が作りますね。参考になる言い回しを共有します。でも、実際に話すのは社長や従業員さんが頑張ってください」と微笑んだ。


 勝は立ち上がり、光永に握手を求める。「大変でしょうけど、俺も自分の会社が潰れそうだったとき、必死に動いて営業したんですよ。おかげで今は会社がチームとして強くなってきた。社長も、一歩踏み出せばきっと変わりますよ」

 光永は少し照れながら、「ありがとう。そう聞くと、ちょっと勇気が出るかもしれん」と言った。


 光永を見送る帰りのエレベーターで、エリカは光永に「少しでも成果が出るよう、一緒にやりましょうね。今度、SNSの作り方も簡単な資料を用意しますから」と声をかけると、光永は小さく笑って「ありがとう。俺も腹くくったから、やれるだけやってみる」と返す。エリカはその光永の表情を見て、どこかほっとした気持ちになった。



 夕方、会社に戻った光永は、従業員と共に電話やメールによる営業を始めることにした。まずはお断りしてしまった企業から。当初は「ご無沙汰してます。以前は余裕がなくて対応できませんでしたが、今なら……」とたどたどしい声で話す光永。しかし、予想に反して「それなら一度相談したい」という返答をもらえた件がいくつかあった。

 受話器を置くたびに、光永は「こんなやり方でも聞いてもらえるんだな……」と驚いた顔をする。


 ただ、信用金庫への融資交渉は相変わらず進まない。田所支店長は相変わらず「単発の受注だけではリスクは下がらない」と断言し、本部の意向を強く気にしているようだ。光永が「大正精肉店みたいに頑張れば……」と食い下がっても、「食品と金属加工は違いますので」と取り合わない。


 事務所に帰ったタカシが「やはり田所さん、態度が硬いままですね。小池さんと一緒に信用金庫在職時代、専門家派遣スキームを整備したころの彼とはずいぶん印象が違う」と嘆くと、小池は苦々しい表情を浮かべながら「本部の評価を気にしているんでしょうね。リスク回避を第一に求める齋藤理事の方針もあるだろうし」と答える。


 とはいえ、小池の目には確かな手応えも映っている。光永社長が自分で電話をかけ、メールを書き、少しずつだが新しい取引の芽を作り始めている。それを見届けているタカシは、「やっぱり小池さんの伴走姿勢って大事ですね。偉そうに指示するんじゃなくて、一緒に頑張ろうっていうスタンスだからこそ、光永社長も変わろうとしているんだと思います」としみじみ言う。


 小池は「おこがましいかもしれないけど、企業が主体的に変わるための手助けをするのが僕たちの役目だからね。大正精肉店さんも、勝さんが自分で声を震わせながら営業したからこそ、あそこまで成長できたわけで」と答える。エリカは「そうですね。自分の強みを誰がどう伝えるかは、やっぱりその企業自身じゃないと」とうなずいた。


 慣れない様子で電話のダイヤルを押す光永は眼には以前よりわずかに力がこもっている。大正精肉店の成功例を聞き、はじめての営業でいくつか反応が得られた。それだけでも光永の心を少しだけ軽くしたようだ。だが、資金繰りの課題は深刻で、信用金庫との溝も埋まってはいない。


 こうして光永精工は、長尺旋盤を武器にした“攻めの営業”を一歩ずつ踏み出した。電話やメールを重ね、大正精肉店の例に背中を押されながら、少しずつではあるが確かな変化が生まれつつある。タカシは「もう一息ですね」と笑顔を見せるが、小池は「ここからが正念場だよ」と表情を引き締める。


 大きな売上につながるかはまだ未知数。信用金庫の融資が再度審査される見込みも立たない。しかし、それでも光永精工は動き始めた。大正勝の話した「会社がチームとして強くなる」という言葉を噛み締めるように、光永も従業員も前を向いている。その姿を支えるのが、小池たちフォレスト事務所の伴走支援だ。企業の力を信じ、その可能性を引き出すという姿勢こそが、この変化を生む要だった。


 
 
 

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