小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第31話
- 小池 俊介
- 4月11日
- 読了時間: 4分

第31話「挫折と再起 - 渡辺木工所の事後処理」
渡辺木工所は、地元で50年以上続く老舗の家具製造会社だった。頑丈で美しい木製家具は地域住民に愛され、地元飲食店や公民館の備品も手がけてきた。だが、時代の流れとともに安価な大量生産品が市場を席巻し、渡辺木工所の経営は次第に傾いていった。
その渡辺木工所が資金繰りに行き詰まり、破綻を迎えたのは、タカシが信用金庫で融資係として働き始めて2年目の冬だった。渡辺木工所の融資案件は小池が本部異動前に担当しており、破綻後の処理がタカシに引き継がれたのだ。
とはいえ、タカシはまだ20代前半の若手。普段は「数字こそ正義!」と豪語して支店のメンバーを呆れさせることもしばしばだ。先日も「電卓は僕の最高の相棒です!」と言い切って、先輩に「彼女より大事なのか?」と茶化され、真顔で「当然です」と返して皆をずっこけさせたばかり。そんなタカシだからこそ、今回の破綻処理も「絶対に救う道がある」と思い込み、余計にプレッシャーを抱えてしまうところがあった。
渡辺木工所には保証協会付き融資とプロパー融資の2種類が存在し、その返済不能額の処理がタカシに課された。タカシにとって初めての破綻処理案件だったが、その重さは予想以上だった。
「小池さんから聞いてますよ、若いのにしっかりしてるって。」
渡辺社長は、そう言ってタカシを迎えた。
社長は50代半ば。妻を早くに亡くし、一人娘のエリカを男手一つで育ててきた。優しい笑顔が印象的な人柄で、タカシにとってもどこか親近感を抱かせる人物だった。だが、破綻の知らせを受けた社長の表情には、疲労と無念が色濃く刻まれていた。
「ここまで追い詰められる前に、もっと相談していれば…。」
社長のその言葉に、タカシは胸が締めつけられる思いだった。
タカシは、債権者という立場を超えて渡辺木工所に通い詰めた。破綻後の事務処理を進める傍ら、渡辺社長に生活の再建についてアドバイスを続けた。
「これからは、家計を優先してください。日々の生活を守るために、まず最低限の収支を整理しましょう。」
タカシは冷静に数字を示しながら、生活再建の重要性を伝えた。
「タカシ君、こんな時でも親身になってくれる君のような人がいて、本当にありがたい。」
渡辺社長の言葉に、タカシの熱血ぶりはさらに加速していった。
渡辺木工所に通ううちに、タカシは渡辺社長の一人娘、エリカとも顔を合わせるようになった。当時エリカは高校卒業後、会社勤めをしながら専門学校で情報デザインを学んでおり、父親の苦悩を間近で見守りながら、自分にできることを模索していた。
「お父さん、大丈夫かな…。」
エリカのその一言を聞いたタカシは、彼女にこう語りかけた。
「お父さんは、エリカさんのことを一番に考えていると思います。だから、エリカさんも自分の夢をしっかり持ってください。それが渡辺さんにとって一番の励みになるはずです。」
タカシの言葉に、エリカはそっと涙を拭い、静かに頷いた。

渡辺木工所の破綻処理を進める中で、タカシは「数字」の重要性を改めて実感していた。収益、コスト、資金繰り――全てが見える化されていれば、破綻を防ぐ道もあったかもしれない。しかし、その一方で、数字だけでは支えきれない経営者の孤独や苦悩にも気づかされていた。
「数字は確かに事実を教えてくれる。でも、数字だけでは人の心を動かすことはできない。」
タカシはそう感じ始めていた。渡辺社長のように、相談することをためらい、孤独を抱え込む経営者が他にもいるはずだ。そうした人々に寄り添い、支えたい――その思いが、タカシの胸に少しずつ芽生えていった。
破綻処理が一段落した頃、渡辺社長は地元の家具修理業者に職人として雇われ、新たな生活をスタートさせた。
「タカシ君、本当にありがとう。君の言葉がなかったら、ここまで立ち直れなかったよ。」
渡辺社長のその言葉に、タカシは支援者としての手応えを感じると同時に、自分の未熟さを痛感した。
一方で、エリカは父の姿とタカシの熱意に触れ、自分の未来について深く考えるようになっていた。
「お父さんのように、誰かに喜ばれる仕事がしたい。そしてタカシさんのように、人を支える力を持ちたい。」
エリカはそう決意し、専門学校での勉強にさらに力を入れていった。その後、エリカがフォレスト中小企業診断士事務所で癒しのスタッフとして活躍するのは、もう少し後の話である。
渡辺木工所での経験は、タカシにとって大きな転機となった。経営者の苦悩に寄り添い、再出発を支えることの難しさとやりがいを知る中で、タカシの中小企業支援者としての道が少しずつ形作られていった。
「もっと多くの経営者に寄り添える仕事がしたい。」
その思いが、後にフォレスト中小企業診断士事務所での活動へとつながっていく。タカシの物語は、熱血支援者としての新たな挑戦へと続いていくのだった。
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