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小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第42話



第42話「隠された職人技 - 長尺旋盤の可能性」


 朝の柔らかな日差しが、フォレスト中小企業診断士事務所の窓から差し込み始める。小池、タカシ、エリカ、そして所長の森の四人は、前回の訪問以降に収集した光永精工の追加情報を手に、再度打ち合わせを行っていた。「閉ざされた営業」を突破すべく、もう一つ新たな手がかりを探したいとの思いからだ。


「昨日、光永精工さんの工場について細かく聞いていたら、奥に放置されている大きな旋盤機があるらしいんです」

 エリカがタブレットを見ながら切り出す。小池はそれに反応し、「以前のメール履歴に、長尺物の加工依頼をお断りしていた案件があったように思う」と補足した。


「長尺物の加工か……」

 タカシはメモを取りつつ、低く唸るようにつぶやく。「従来の一般的な旋盤では対応が難しいケースが多いんですよね。もしそれに特化できるなら、差別化要素になるかもしれません」


 森は静かに微笑みながらうなずいた。「そうだね。長尺物を精密に削り出すのは、高度な技術と特別な設備が必要だと聞きます。職人技が求められるので簡単には対応しづらい場合が多い。となれば、光永精工さんにとって大きな武器になる可能性がある」


 四人はさっそく光永精工へと足を運んだ。朝早くに到着した工場は、まだ薄暗く、重々しい雰囲気が漂っている。だが、彼らの胸には、新たな道を切り拓く糸口があるかもしれないという期待があった。

「社長、突然ですが、奥にある旋盤機を拝見させてもらってもよろしいでしょうか」

 小池が切り出すと、光永社長は眉をひそめた。「あんな古い機械、今さら見てどうするんだ?」

 しかし、小池たちの熱意に押され、光永は不承不承に案内を始める。工場の奥に入っていくと、手前の方に並ぶ数台の汎用旋盤やフライス盤とは別に、少し埃をかぶった大型のNC旋盤が姿を現した。


「これがうちで昔使ってた長尺対応のNC旋盤だ。もう誰も触っていないし、最近はめっきり動かしちゃいない」

 光永が機械を見つめながら、どこか寂しそうに呟く。その横でタカシが「結構大きいですね。全長もかなりある……」と感心した声を上げ、エリカは「こんなのがずっと放置されてたなんて……」と瞳を見開く。

 機械の表面には薄い埃が積もり、所々錆が浮いている。だが、近づいてよく見ると、基台は頑丈そうで、まだまだ使える雰囲気が残っている。森はその旋盤を指し、「これは長尺物を精密に加工するための特別な旋盤ですね。地域でもあまり数がないと思いますが……」と説明する。

「いや、昔はうちに長尺旋盤のプロがいて、いろんな特殊加工を手がけていたんだけどな」

 光永がぽつりと漏らす。その“プロ”とは、かつてのベテラン職人・大江という男性で、現場一筋で長尺加工を極めてきた人物らしい。しかし体調を崩し、現場を離れがちになってしまっているという。


「もう歳だし、最近は病院通いが増えてる。だから長尺なんて無理だって話になって、そのまま埃をかぶってるよ」

 光永は言葉少なに語るが、その表情には後悔がにじんでいた。昔は大江がいてこそ対応できていた仕事も、大手メーカーの下請けが忙しくなる中で後回しになり、いつの間にか消えてしまったのだ。

「こういう職人技があるからこそ、企業にとって大きな財産になるのに……」

 エリカは心配そうな口調で、「もし職人さんが現場を離れたら、せっかくの技術が途絶えてしまいますよね」と問いかける。光永は力なく苦笑し、「そうなんだよな。でも、どうにもならんよ。大手メーカーの大量生産で回ってた時期は、この旋盤はあまり使わなくなっちまったから……」と肩を落とす。


 タカシが思案するように言葉を紡ぐ。「今、日本ではこうした長尺旋盤の加工ができる職人さんが少なくなっているとか。実際、担い手不足で困っている企業もあると聞きます。光永精工さんがこの技術を使えれば、ニッチですが確実に需要を掴めるかもしれません」


 そこへ森が「ちょうど地域の工業団体にも問い合わせをしておきました。やはり長尺旋盤加工を依頼したいが対応可能な工場が見つからない、という声があるようなんです。もし御社が再びこの技術を動かせるなら、仕事が来るかもしれません」と情報を共有する。

「とは言っても……あんな古い機械で本当に仕事が取れるのか?」

 光永は依然として消極的だ。確かに古びた旋盤を整備し直し、さらにベテラン職人を呼び戻すには手間も金もかかる。廃業の危機が迫る中で、そんな余裕があるのかと戸惑うのも無理はない。



 だが、小池はここにこそ活路があると考えていた。「お断り案件リストを見返すと、長尺物の加工や特殊素材の加工を相談されていたケースがいくつもありました。あのときは大手メーカーの仕事が忙しくて断っていたわけですが、今は事情が逆転しています。もし再整備できれば、再度アプローチできる可能性が高いんです」


「いや、でもよ……設備を動かすにも職人を呼ぶにも金がかかる。うちは今、融資も断られそうな状況だし、田所支店長も『ニッチすぎる分野はリスクが高い』って言うだろ?」

 光永が重い口調で漏らすのを聞き、エリカは唇を結んで、「それでもやらなければ・・・現状のままになってしまいます」と力を込める。自分の家がそうだったように、先延ばしすればするほど選択肢は狭まるばかりだという事実を知っているからだ。


 するとタカシが頷き、「確かに田所支店長は本部の方針を気にしてます。でも、同時に今のまま何もしない方がリスクだと示せば、説得の余地は出てくるかもしれません。大正精肉店のように、最初はリスクが高いと言われても、営業スタイルを変えて再生した実例もあるわけですし」と挙げる。


「大正精肉店……あのコロッケやハムを売ってる店か?」

 光永は少し興味を示す。「あそこ、確かに人気が戻ってきてるみたいだが、どうやって立て直したんだ?」

 タカシは「もともとは営業せずに常連客だけでやっていたんです。でも、SNSで地道に発信したり、地域イベントに積極的に出たりすることで、新規顧客をガンガン取り込んだ。まさに“攻め”に転じた成功例ですね」と説明する。


「そうか……たしかにうちも似てるかもしれんな。昔は勝手に注文が入ってきてたから、今さら営業なんて考えてもいなかった」

 光永は苦笑いしながら、長尺旋盤の表面をそっと触れた。「でも、この機械を動かすにしても、あの大江さんを呼び戻さにゃならんだろうし。彼の体はもう昔みたいに動かないんじゃないか……」


 森はそこで口を開く。「大江さんが完全復帰は難しくとも、若手と一緒に指導してもらう形ならどうでしょう? 技術が継承されれば、御社だけでなく地域にとっても大きな財産になります。それこそ、信金本部にもアピールできる意義があると思いますよ」

「アピールね……でも、田所支店長は『ニッチすぎる』って言いそうだ。リスク管理が先、と言われて終わりかもしれん」

 光永はまだ不安げだが、小池は力強い声で「だからこそ、はっきりとしたビジネスプランを作る必要があります」と断言する。「もし長尺旋盤の需要があると証明し、見込み顧客を確保できれば、信用金庫にとっても単なるリスクではなくなるはずです」


 エリカも「さっそくネットやSNSで、『長尺旋盤加工』を必要としている企業を探してみます。工業団体のリストも確認してみますね」と意気込む。彼女の瞳には、自分の過去の痛みを超えて、今度こそ誰かを救いたいという強い情熱が宿っている。


 そこで田所支店長が、工場見回りを終えて現れる。光永とフォレスト事務所のメンバーを見渡すと、少し険しい表情を浮かべながら、「社長、あまり無理をなさらない方がいいかと。長尺旋盤の分野は確かに珍しいですが、その分、市場が限定的でリスクが高い可能性もあります」と冷静な調子で言う。


 光永は少し口ごもり、「そうかもしれんが、うちは背に腹は代えられない状態だからな……」と返す。田所は申し訳なさそうに視線を落とし、「私も本部の理事から厳しく言われていて、むやみに融資を拡大できないんです。万が一があれば、私だけでなく支店全体に影響が出ますので」と付け加えた。


(斎藤理事の意向か……)

 小池は田所の複雑な立場を感じ取りつつも、「それでも私たちは再建策を諦めません。実際に長尺旋盤加工の需要があると示せれば、そちらのリスクも軽減できるはずです」と訴える。だが田所は小さく首を振り、「まずはしっかり実績を出していただかないと、説得は難しいですね」と口調を強めた。


 そんな田所の背後にある大きな存在を思うと、光永精工の新ビジネスプランはまだ遠い道のりに思われた。しかし、フォレスト事務所の面々はあきらめる様子はない。


「やりますよ、社長。長尺旋盤を再整備して、新しい顧客を開拓しましょう。試作品を作って、SNSやWEBで発信し、さらにかつてお断りした案件リストにも連絡を入れてみる。需要があることを示せば、融資だって可能性が高まるはずです」

 小池は力を込めて光永社長に伝え、エリカとタカシもうなずく。光永は一瞬ためらいを見せたものの、意を決したように言葉を返した。


「わかったよ。どうせ何もしなければ、うちは倒産するだけだ。だったら、この旋盤をもう一度動かしてみよう。大江さんの体調と相談しながら、若手に技術を伝える形を探してみるさ」


 そう答えた光永の目には、わずかだが新しい決意が宿っている。田所支店長は無言のまま、少し離れた場所でそのやりとりを見つめていた。心の内で、彼自身も揺れているのかもしれない。しかし今はまだ「ニッチな分野だからリスクが高い」との姿勢を崩さないままだ。


 こうして、光永精工の工場奥で眠り続けていた長尺旋盤が、再び表舞台に引き出されることになった。その古い機械に宿る職人技が、もしかすると光永精工の未来を切り拓く鍵になるかもしれない。だが、同時にそこには、資金や人材の問題が山積している。新たな道が見え始めたからといって、すぐに解決へ進むわけではないのだ。


 しかし、小池やタカシ、エリカ、そして森診断士は、この小さな可能性を見逃さなかった。光永社長もまた、わずかながら闘志を取り戻しつつある。長尺旋盤の技術が、失われかけた職人技が、光永精工を救う手段となるのか。次なるステップは、機械の再整備や職人の体制づくり、そして資金調達――課題は多いが、フォレスト事務所はこの道を共に歩むことを決めていた。


 古い工場の奥が明るい光に照らされるのは、まだ先の話かもしれない。それでも、長尺旋盤という貴重な武器を見出した今、閉ざされていた選択肢が少しずつ拓かれていくのを感じる。

 小池は工場を出るとき、古い旋盤を振り返り、その価値を確信したような表情を見せた。その姿をタカシがしっかりと見届け、エリカは「絶対に諦めませんから」と心に誓い、森は静かに目を細める。誰もが、この一歩が光永精工を変えるかもしれないと信じていた。


 
 
 

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