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小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第39話




第39話:光永精工、倒産の危機


まだ冷え込みの残る早春の朝。県道から一本入った細い道を進んだ先に、「光永精工」と書かれたくすんだ看板が見えてきた。フォレスト中小企業診断士事務所の小池、タカシ、エリカ、そして所長の森は、今日が初めての訪問だ。表に並ぶ数台の古びたトラックと倉庫のような建物が、ここが小さな町工場であることを静かに物語っている。

 周囲に住宅はあまりなく、時折吹く風に草の匂いが混じるのがわかるほど閑散としたエリアだ。小池は入口の鉄扉をノックし、声をかけるが、中からはすぐに反応がない。タカシが訝しそうに「本当に稼働してるんですかね」とつぶやくと、森は「それが気がかりだな」と眉をひそめた。エリカは「でも、ここにしかできない技術があるって聞きましたよ」と、少しだけ明るい調子で言う。


 扉を押して中に入ると、薄暗い空間が広がっていた。天井の明かりは半分ほどしか点いておらず、広い工場内に機械類が並んでいるものの、ほとんど稼働していない。機械の間を縫うように歩くと、作業着を着た数人の職人がこちらに気づいて顔を上げるが、誰も言葉を発しない。彼らの目には疲労と諦めの色が浮かんでいた。


「すみません、社長の光永さんはいらっしゃいますか?」

 小池の声に、奥の方でガラガラと椅子を引く音が聞こえ、初老の男が立ち上がった。彼こそ光永精工の社長・光永茂である。小柄な体に作業着をまとい、顔には深い皺が刻まれているが、眼差しには何かしら強いこだわりを感じさせる。

「ああ、診断士の方々か。わざわざ来てもらって悪いね」

 光永はそう言いながらも表情は硬く、どこか不機嫌そうに見えた。彼は職人気質らしく、営業や経営の話にはあまり興味を示さない、と聞いている。


 工場の隅にある小さな事務所スペースに案内された小池たちは、早速工場の現状を尋ねた。「今、稼働率はどのような状態でしょうか」と森が切り出すと、光永は腕を組みつつ重い口調で答える。

「見ての通り、まともに動いてない。主力だった大手メーカーの注文が激減してな。海外に工場を移したとかで、うちにはほとんど仕事が回らなくなった」

 タカシがメモを取りながら「資金繰りはどうされていますか?」と尋ねると、光永は視線を落としつつ声を低める。

「融資を頼んでも、銀行さんは誰も前向きに動いてくれないよ。うちは今、そんなにいい状態じゃないからね…」


 そのとき、事務所の扉が開き、スーツ姿の男性が入ってきた。

「光永社長、ご無沙汰しております」

 少し低めの落ち着いた声が響く。小池が振り返ると、そこには田所支店長の姿があった。かつて小池が信用金庫に勤めていた頃の上司だ。小池は思わず立ち上がり、「田所支店長……」と声を上げる。

 田所は小池を見やり、ほんの少し驚いた様子を見せたが、すぐに表情を引き締め、光永へと向き直った。


「光永社長、お変わりないですか。今回のご相談、弊庫としてすぐに動けるかはまだ判断が難しい状況です」

 田所の口調は冷静だが、どこか距離を置くようなものだった。光永は硬い表情のまま、「どうせ、また無理だって言われるんだろう?」と投げやりな声を出す。田所は言いづらそうに小さく息をついてから話を続ける。

「現状、受注が大幅に減っていて、足元の数値もあまり良いとは言えません。正直なところ、弊庫として追加支援を検討できるレベルかどうか、かなり厳しい見方をせざるを得ないのです」


 その言葉を聞いた光永は、「やっぱりな…」と小さくつぶやいて肩を落とした。その様子を見ていた小池は、かつての上司が厳しい立場にいることを察する。田所自身も周囲の目や上層部の判断を気にしているのだろう。


「田所支店長、私たちはフォレスト中小企業診断士事務所として、この工場の可能性を探ってみたいと思っています。現時点では厳しい数字が多いですが、まだ何かしら打開できる道があると感じていまして…」

 小池がそう言葉を投げかけると、田所は少し考えた末、丁寧に言葉を選ぶように返す。

「そうですね…もちろん、私としても地域を支えることは大切だと思っています。ただ、融資に関してはリスクを検証した上で慎重に判断しなくてはならないので。現場の状況を見極めさせてください」


 光永は「銀行は数字しか見ないからな」と苦い笑いを浮かべる。田所も言葉に詰まったように視線を落とした。小池は心の中で複雑な思いを抱くが、今はその感情を表に出さない。



 工場内に戻り、エリカが周囲を見回しながらつぶやく。「ほとんど機械が止まってるんですね…。でも、設備自体は使いこなせばまだ何かできるかも」

 光永は少しだけ警戒を解いたのか「ここの機械は多少古いが、精密な加工も対応できる可能性はあると思う」と言う。彼の言葉には、ほんのわずかな自負が感じられた。

「ただ、仕事が来なきゃ、どうにもならないんだよ」


 タカシが控えめな声で言う。「そこが課題ですね。新たな取引先をどう開拓するか、経営指標をどう改善するか。社長が行動を変えれば、可能性はゼロではありません」

 すると光永は「そうは言っても、営業なんか得意じゃないし、昔は向こうから声がかかってたんだ」とため息をつく。


 森診断士が静かに口を開く。「光永さん、まずは現状を正確に把握するところから始めましょう。もしよろしければ、私たちが伴走支援をさせていただきます。数字を整理しながら、受注の改善策を検討していくというのはどうでしょうか」

 光永はしばらく黙っていたが、やがて搾り出すように「……わかった。そこまで言うなら、一度やってみるか」と呟いた。


 一方、田所支店長は「私は立場上、融資の判断を軽々しくはできませんが、様子は見守らせていただきます。光永社長も、ぜひ改善策をしっかり考えていただければと思います」とだけ言い残し、工場を後にする。


 やがて工場に沈黙が戻った。職人たちは遠巻きにフォレスト事務所のメンバーを見つめ、光永もまたどう振る舞えばいいのか戸惑いを隠せない。だが、小池はきっぱりとした口調で言った。

「社長、私たちも本気で伴走します。まずは数字の整理と、可能性の洗い出しを一緒にやりましょう」


 その声を聞きながら、光永は複雑な表情のまま静かに頷いた。倒産寸前とも言えるこの工場が、果たして再建できるのか。まだこの時点では確かな手応えはなかったが、ほんのわずかな希望の光が差し始めているのかもしれない――。


 工場内の薄暗さとは対照的に、エリカやタカシの瞳には前を向く意志が宿っていた。森も静かに視線を巡らせ、ここに眠るわずかな可能性を探り始める。こうして、倒産の危機に陥った光永精工とフォレスト事務所との伴走支援が、静かに幕を開けたのだった。

 
 
 

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