小説 第36話「システムと人を繋ぐ - 大企業で培った分析力」
- 小池 俊介
- 4月29日
- 読了時間: 4分

第36話「システムと人を繋ぐ - 大企業で培った分析力」
森が初めて「システム」という言葉に惹かれたのは、学生時代にさかのぼる。和歌山の自然に囲まれた環境で学んでいた彼は、まだ家庭にパソコンが浸透するその前から関心をもち、これからの時代を変えるツールになると強い関心をもっていた。
「人がやらなくてもいいことを情報システムが担う。それが実現すれば、人はもっと重要な仕事に集中できる。」
その考えを胸に、卒業後、森は化学品メーカーに就職した。最初は研究部門に配属され、界面活性剤の開発に携わったが、彼の興味は次第に「ものづくりを支える仕組み」に移っていった。生産管理や品質管理の現場を支えるITシステムの構築に関わることで、森は自分が本当に貢献できる分野を見つけたのだ。
「システムを導入すれば、作業効率が上がるはずだ。」
そう信じて、森は多くのシステム設計を手掛けた。生産計画の自動化、品質管理のデータベース化、工場ラインの自動制御――それらはどれも、効率を追求する大企業にとって欠かせないプロジェクトだった。だが、その中で森は一つの疑問に直面した。
「システムを導入しても、現場の不満が消えないのはなぜだろう?」
ある日のこと、森が担当した生産管理システムの導入現場で、現場主任が言った言葉が彼の胸に突き刺さった。
「確かに便利かもしれないけど、これじゃあ俺たちのやり方を全部変えなきゃいけない。システムに振り回されてる気がするよ。」
その瞬間、森は気づいた。どれだけ優れたシステムでも、それが人にとって使いやすいものでなければ意味がないということに。システムはあくまで道具であり、それを使う「人」が主役であるべきなのだ。
「人を中心にしたシステム設計が必要だ。」
森の信念は、この経験をきっかけに形作られていった。
家庭の事情により、森は電機系販売会社に転職した。そこでは、大手企業の基幹システムの設計や運用を主に担当した。そこで勤務先は「ベイサイド柳町オフィス」と呼ばれる港の近くにあり、出勤途中には船が行き交う湾内を見下ろすスポットがあった。森は朝の通勤時、商店街を抜けるたび、「ここで働く人々のためにもシステムをもっと活かせないか」と自問するのが日課だった。特に、大規模プロジェクトのプロジェクトマネージャーとして、数十人のチームを率いた経験は森にとって大きな財産となった。
「大企業の課題は、スケールが大きい分、解決のしがいがある。」
そう思う一方で、森は心のどこかで違和感を覚えていた。それは、日本を支える中小企業の存在が自分の仕事の中で薄れつつあることだった。
ある日、プロジェクトで訪れた地方工場で、中小企業の社長と話す機会があった。その社長は、目の前の大企業に納める部品を一つ一つ手作業でチェックしていた。設備が古く、効率的とは言えない環境だったが、社長の目には真剣さが宿っていた。
「うちは大企業みたいに最新のシステムを導入する余裕はないけど、品質には絶対妥協しない。」
その言葉に触れた時、森は改めて思った。
「こういう企業こそ、もっと支援が必要だ。」
しかし現実には、中小企業が最新のITを活用できるケースは少ない。高額なシステムや複雑な導入プロセスが大きな壁となっているのだ。森は、自分のスキルを中小企業のために役立てたいという思いを、心の奥底で温め始めていた。

転職後に中小企業診断士の資格を取得した森は、その知識を活かし、企業支援の幅を広げていった。大企業向けのプロジェクトで得た経験を、中小企業の現場に応用することを夢見ていた。
「問題をシステムだけで解決するのではなく、現場の声を聞き、最適な仕組みを提案する。それがこれからの自分の役割だ。」
この頃の森はまだ大企業のプロジェクトが主な業務だったが、中小企業診断士としての活動を通じて、中小企業の現場を直接見る機会が増え、その中で芽生えた「人と人を繋ぐ仕組み作り」の理念が、後のフォレスト中小企業診断士事務所設立に繋がる伏線となっていく。
森が目指していたのは、単に効率を追求するだけのシステムではなかった。それは、「人」が主役となり、企業全体が一つのチームとして動き出すための仕組みだった。
「システムが人を支え、人が企業を支える。その循環ができれば、どんな企業ももっと輝ける。」
大企業で培った分析力と、中小企業診断士としての視点を武器に、森は次第に自分の未来像を具体化させていった。それは、すべての企業がその「人」と「強み」を最大限に活かせるよう支援するという、森にとっての新たな挑戦の始まりだった。
森診断士のこの理念とスキルが、後にフォレスト中小企業診断士事務所の設立へと繋がり、ヤマト製作所や大正精肉店のような中小企業への伴走支援に実を結ぶことになる。
Comments