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小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第33話



第33話「父の背中 - 家族を支える決意」

エリカが小学3年生の時、母親が急逝した。病気が発覚してからわずか半年という短い闘病生活の末の別れだった。

母は、エリカの人生に光を与える存在だった。家族が集まる夕食の時間には、母の明るい笑い声が絶えなかった。「どんな時でも笑顔を忘れないのが一番よ。」そう語っていた母の姿は、エリカの心に深く刻まれている。

母がいなくなった家には静寂が訪れた。しかし、父親の渡辺は、悲しみを顔に出さず、仕事と家事を両立させながらエリカを育ててくれた。木工所の仕事が終わった後、疲れた体で夕食を作り、学校の宿題を見る父の姿は、エリカにとって頼もしくも切ないものだった。


渡辺木工所は、地元で長年続く小さな木工所だった。学校の机や椅子などの家具を作り、地元の信頼を得てきた。だが、渡辺木工所の経営は、エリカが中学生になる頃から厳しさを増していた。

「いいものを作れば、必ずお客さんは来てくれる。」

父親の渡辺はそう信じて疑わなかった。だが、エリカの目には、木工所の現状が厳しいものに映っていた。時代は大量生産と安価な製品を求めるようになり、渡辺木工所のような職人気質の小規模事業者が競争の波に飲み込まれていく姿を目の当たりにした。


「いいものを作るだけじゃダメなんだよ。」

エリカは父にそう言いたかったが、渡辺のひたむきな姿を見ていると、どうしても口には出せなかった。



高校を卒業する頃、エリカは自分の進路に悩んでいた。大学に進学して学びを深めたい気持ちはあったが、家計の厳しさを知るエリカは、地元の中小企業に就職する道を選んだ。

「お父さん、私も働いて家計を支えるからね。」

その言葉に、渡辺は目を細めて頷いた。

エリカが就職したのは、地元の食品加工会社だった。初めての職場は新鮮で、同僚たちと笑い合いながら仕事をする日々は充実していた。そこは浜見台通り沿いにある小さな工場で、休日になると隣の商店街では“港夜市”と呼ばれるイベントが開かれるエリアだ。エリカは毎朝、駅前からバスに乗り、潮風を感じる街並みを通って職場へ向かっていた。

しかし、心の片隅には常に家業の木工所のことがあった。

「私が何かできれば、少しはお父さんの役に立てるのかな…。」

そう考えながらも、目の前の仕事に全力で取り組むことで、家族を支えたいという思いを募らせていった。


母親譲りの明るさを持つエリカは、職場でもすぐに「癒し」の存在として周囲に溶け込んでいった。忙しい同僚を気遣い、誰かが困っていると手を差し伸べるエリカの姿は、職場の雰囲気を和らげていた。

職場の先輩が「エリカちゃん、一服しない?」と声をかけると、エリカは弁当箱を取り出し、いきなり「え? 一服用のお茶菓子も作っちゃいましたよ!」と得意げに言う。しかし周囲は「そこまで本気で?!」と大笑い。

エリカは首をかしげながら「だって家ではいつもお父さんとお茶タイムしてましたし…?」と、ほんのり天然さを覗かせる。

「エリカちゃんがいると、なんだか頑張れる気がするよ。」

そんな言葉をかけられるたびに、エリカは心の中で母の笑顔を思い浮かべた。


エリカが就職してからは、渡辺木工所の経営はさらに厳しくなっていた。材料費の高騰や受注の減少が重なり、渡辺の表情には疲労が滲んでいた。

「お父さん、無理しないでね。」

エリカがそう声をかけると、渡辺は決まって「大丈夫だ」と答えた。その言葉に嘘はなかったが、父の背中には孤独が漂っているように感じられた。


そんなある日、渡辺がポツリと漏らした。「最近、この辺りも再開発計画が進んでるらしくてな。なんでも、地元選出の代議士が推しているらしいが、白波っていうワンマン社長が大手チェーンと組んで土地を買い漁っているみたいで…。地元の小さい工場や商店がどんどん立ち退きになっちゃうんじゃないかと心配だ。」

エリカは父の話に耳を傾けながら思った。「木工所を守るためにも、ネットで情報発信しなきゃ。“WEBデザイン”なら、私にもできるかもしれない。」

エリカは、そんな父の姿を見ているうちに、自分にできることを探し始めた。木工所をもっと広めるためには、何が必要なのか――それを知るために、エリカはWEBデザインを学ぶことを決意した。


地元企業での仕事に慣れたエリカは、夜間の専門学校に通い始めた。日中は働き、夜は学ぶという忙しい生活が始まったが、エリカはどこか充実感を覚えていた。

「お父さんが頑張ってるんだから、私も頑張らなきゃ。」

その思いが、エリカの原動力だった。

彼女の心には、渡辺木工所を支えたいという強い願いと、自分の未来を切り開きたいという希望が交錯していた。その希望が、やがて彼女を新たな挑戦へと導くことになる。


エリカにとって、家族とは生きる上での原点であり、支え合う存在だった。母を亡くし、父と二人三脚で歩んできた日々は、彼女の中に強さと優しさを育てていた。

「家族がいるから、どんなことでも頑張れる。」

そう思えるエリカの姿は、後にフォレスト中小企業診断士事務所で多くの人を癒し、励ます存在となることを予感させるものだった。

彼女の物語はまだ始まったばかり。エリカの未来への一歩は、次第に彼女自身と家族を新しい道へと導いていくのだった。


 
 
 

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