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小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第32話



第32話「熱血の行方 - 次のステージへ」

信用金庫での仕事を始めて数年が経ち、タカシは多くの取引先企業と接する中で、経営者のリアルな声に触れてきた。ただ、タカシの熱血ぶりはときに空回りもする。「困っているなら月末でも連日訪問します!」と勢いよく言った挙句、上司に「お前も休め」と呆れられることもしばしば。それでもタカシは「数字と汗は裏切りませんから!」とまるでスポーツ部のノリで押し通すのが常だった。融資を通じて事業の成長を支えることにやりがいを感じながらも、限界を感じる瞬間も少なくなかった。

「もっと、企業の本質的な部分に踏み込んだ支援がしたい。」

そんな思いを抱えながらも、日々の業務に追われる日々が続いていた。


ある日、タカシは本部から新たな取り組みについて説明を受けた。それは、企業支援部が構築した専門家派遣のスキームだった。支店が抱える課題の多い取引先に対し、本部が選定した外部専門家を派遣し、経営改善のサポートを行うという仕組みだ。


タカシが最初にこのスキームを利用して支援を行うことになったのは、地域の製造業者だった。その製造業者の工場は、“桜木工業団地”の片隅にあった。タカシは駅から少し歩き、海を望む倉庫街を横目に見ながら「ベイスターズの試合がある日は混みそうだな」とぼそり。港の潮風を感じるこのエリアは、古くから続く中小企業が多い場所でもあった。社長は家業を継いだばかりの30代の男性で、経営のイロハもまだ手探りの状態だった。


「工場の効率を上げたいんですけど、どこから手をつけていいのか分からなくて…。」

社長のその言葉に、タカシは迷わず本部に専門家派遣を申請した。

数日後、現場に現れたのは黒田公認会計士だった。小柄で物静かな黒田の第一印象は控えめだったが、工場の帳簿や生産工程をチェックする姿勢は実直そのものだった。


黒田はまず、工場の財務状況を詳細に分析した。製品ごとの原価率を計算し、利益率の低い製品が利益全体を圧迫していることを指摘した。

「この製品を廃止し、こちらにリソースを集中すれば、利益率が大幅に改善します。」

黒田の提案は明確で、社長も納得せざるを得なかった。

タカシはその様子を間近で見ながら、黒田のプロフェッショナルぶりに感銘を受けていた。


「数字って、こうやって活用すれば経営の力になるんだ。」

タカシは改めて数字の持つ力を実感した。



現場での仕事が一段落した頃、黒田がタカシにふとこう切り出した。

「このスキームを作った小池さんって人を知ってる?」

タカシは少し驚いた顔をしたが、小池の名前は知っていた。既に退職していたが、以前信用金庫の本部に所属し、企業支援部を立ち上げた人物としてその名は支店職員にも広く知られていたからだ。渡辺木工所の前任の担当者として、渡辺社長から間接的に名前を聞くこともあった。

「彼とは以前一緒に仕事をしたことがあるんだ。とにかく熱い人でね、経営者のことを本気で考えてる。その理念が、このスキームにも表れていると思うよ。」

黒田の言葉に、タカシは胸が熱くなった。小池のように経営者に寄り添い、彼らの未来を切り開く支援を自分もしたい。その思いが、タカシの心に大きな火を灯した。



黒田との仕事を終えた後、タカシは自分のこれまでの仕事を振り返った。ガソリンスタンドやカフェを支援し、渡辺木工所の破綻処理を経験する中で、彼は経営者の苦悩や喜びを間近で見てきた。

「融資を通じて支えるだけじゃなく、もっと深く関わりたい。」

タカシの中でその思いが日に日に強くなっていった。本当の支援とは、経営者が抱える課題に寄り添い、共に解決策を模索すること。そう確信したタカシは、自分に何ができるのかを考え始めた。


信用金庫での仕事にやりがいを感じながらも、組織の限界を目の当たりにしたタカシは、次のステージへ進む決意を固めた。

「もっと多くの経営者を支えたい。そのために、自分の力を試してみよう。」

その後、タカシは企業支援にまつわる勉強を開始した。そして数年後、小池と再会し、フォレスト中小企業診断士事務所に加わることになる。


タカシにとって信用金庫での日々は、中小企業支援者としての原点だった。数字の力を信じ、経営者に寄り添う支援を続けていく――その熱意は、ヤマト製作所や大正精肉店の支援につながる重要な礎となっていく。

「支援の形は一つじゃない。自分だからこそできる支援を見つけたい。」

タカシの心に宿るその思いは、これからも彼を突き動かしていくのだった。


 
 
 

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