小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第30話
- 小池 俊介
- 4月8日
- 読了時間: 4分

第30話「熱血新人、数字に目覚める」
春の柔らかな日差しが差し込む朝、タカシは期待と緊張を胸に地元の信用金庫の玄関をくぐった。「地元を支える仕事がしたい」という思いから入庫を決めたタカシにとって、この日が新たな一歩だった。
大学では経済学を専攻し、中小企業の経営や地域金融の役割について学んでいた。その知識を活かしながら、実際の経営者と向き合う仕事ができる。それが信用金庫という職場の魅力だと感じていた。
「自分の力で地元を元気にするんだ。」
タカシは希望に満ちた目で、配属先の支店へ向かった。
最初の配属先でタカシは融資係を任されることになった。融資係は信用金庫の中でも重要な役割を担うポジションだ。事業者の資金ニーズをヒアリングし、融資の提案を行う――一つひとつの案件が地元経済に直結する重責を伴う業務だった。
「タカシ君、最初の案件が決まったよ。」
上司から手渡されたファイルには、地元のガソリンスタンドの情報がまとめられていた。設備が老朽化し、新たな洗車機を導入したいという相談だった。
「よーし! これを成功させて、地元を日本一の洗車タウンにしてみせます!」
と声を張り上げ、支店メンバーに苦笑いされていた。
タカシは緊張しながらも資料を読み込み、事業計画や収支予測を作成。先輩職員に助言をもらいながら提案書をまとめた。
「これで大丈夫だろうか。」不安を抱えながら臨んだ面談で、タカシは懸命に融資案を説明した。事業主の真剣な目を見て、背筋が伸びる思いだった。
数週間後、融資が承認され、無事に洗車機が導入されたとの連絡が入った。タカシは早速ガソリンスタンドを訪れ、導入されたばかりの洗車機を目の当たりにした。
「これでお客さんに自信を持って洗車のご案内ができるよ!」
事業主の明るい笑顔に、タカシは胸が熱くなった。自分の仕事が誰かの役に立ち、それが地域の発展につながる。初めての成功体験に、タカシはこの仕事へのやりがいを強く感じた。

タカシが融資係として働き始めて1年が過ぎた頃、支店に新たな案件が舞い込んだ。それは地元で人気のカフェが2店舗目を出店するための資金調達の相談だった。新店舗の候補地は“海風通り”と呼ばれる小洒落た通りで、休日には地域を代表する公園を散策した後の駅に向かうルートにもなっており人通りも多いという。
「1店舗目が軌道に乗ったので、次は駅前に店を出したいんです。」
店主の熱意あふれる声に、タカシも背中を押された気持ちになった。「観光客だけじゃなく地元の人にも愛されるお店になりそうですね」と笑顔で店主に話し、すっかり“地元のカフェ”を応援するモードに入りかけていた。
だが、手元にある帳簿を見てタカシは頭を抱えた。売上は順調だったが、原材料費や光熱費の詳細が曖昧で、いわゆる「どんぶり勘定」の状態だった。
「このままでは、どれくらいの資金が必要で、返済可能かどうか判断がつきません。」
タカシは店主に提案した。まずは経費を細かく記録し、実際の利益率を明確にする必要がある、と。
「正直、帳簿なんてあまり得意じゃないんですけど、やってみます。」
店主のその言葉を聞き、タカシは毎週店を訪れて帳簿のつけ方をサポートした。その過程で、タカシ自身も事業経営における数字の重要性を深く学んでいった。
数ヶ月後、カフェは利益率を改善し、融資条件をクリア。新店舗の開業が実現した。店主は笑顔でタカシに感謝の意を伝えた。
「タカシさん、あなたがいなかったら、ここまで来られませんでした。」
その言葉は、タカシにとって大きな励みとなった。数字を基にした経営支援が、経営者の未来を切り拓く鍵になる――タカシはそう確信した。
タカシは融資係として様々な案件を担当する中で、経営者たちの苦悩や努力に触れる機会が増えた。そのたびに、自分の仕事が地元を支えるための大切な一歩であることを実感した。
「自分が関わることで、経営者が少しでも楽になるなら、それが何よりのやりがいだ。」
タカシの中に、支援者としての熱意が育まれていった。
支店勤務を続ける中で、タカシの仕事ぶりは周囲からも高く評価されていった。融資案件の成績は支店内で常にトップクラスであり、経営者からの信頼も厚かった。
しかし、その裏では「数字を使った支援をもっと深めたい」という思いが膨らんでいた。そしてその思いは、後にフォレスト中小企業診断士事務所での活動へとつながっていく。
タカシの熱血ぶりと数字に対する真摯な姿勢――それが、彼を中小企業支援者として成長させる原動力だった。
「支援の形は一つじゃない。自分のやり方で、経営者に寄り添える仕事を続けたい。」
タカシの物語は、さらに深い挑戦へと続いていく。
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