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小説 フォレスト中小企業診断士事務所〜伴走者たちの協奏曲〜第28話





第28話「企業支援部の立ち上げ - 新しい道への挑戦」

冷たい風が吹き抜ける冬の朝、小池は信用金庫の本部会議室に呼ばれた。その場にいたのは役員数名と部長。会議室には緊張感が漂っていたが、小池の胸は静かな高揚感で満たされていた。


「小池君、新しく立ち上げる企業支援部で成長支援分野を担当してほしい。」

担当役員の言葉に、小池は思わず息を呑んだ。国が金融機関に中小企業支援の役割を強く求めるようになった背景から、自分のこれまでの経験が評価されたのだと実感した瞬間だった。


企業支援部では、地域経済を支える創業支援や新規事業開発をサポートすることが求められていた。地元の中小企業に寄り添い、信用金庫としての使命を果たす――それは小池にとって待ち望んだ機会だった。

「信用金庫として地元をもっと元気にしたい。そのために、商工会議所や商工会との連携を進めよう。」

小池は早速行動を開始した。営業エリア内のすべての商工会議所や商工会を訪問し、連携協定の締結に向けた話し合いを進めた。一つひとつ具体的な連携のあり方を整え、6つの商工会議所・商工会との地域活性化連携契約を成立させることに成功した。


特に深いつながりを持つ藤崎市では、長年行われている創業スクールに講師として登壇。創業希望者に具体的な資金調達や事業計画の作成方法を教えた。


「小池さん、あなたの話を聞いて、創業に向けて一歩踏み出せそうです。」

若い受講生たちの声は、小池にとって何よりの励みだった。


また、菅市の商工会議所では、敏腕経営指導員と連携し、補助金申請や税制優遇に関する事業計画を支援。現場で直接経営者と向き合い、具体的な成果を生み出していった。

小池の地道な努力は次第に実を結び、商工会議所からの紹介案件が増えていった。これにより、支店の営業成績が向上し、支店長たちからも信頼を得るようになった。


「小池さんが商工会議所とのつながりを作ってくれたおかげで、うちの支店の数字が伸びましたよ。」

この時、小池は営業マン時代に黒田公認会計士と築いた関係を思い出した。「お客さまのお客さまを考える」というスタイルは、ここでも有効だった。商工会議所を通じた紹介案件は、地元の中小企業を支えるだけでなく、信用金庫全体の成績向上にもつながっていった。




しかし、実績を重ねるごとに、小池に求められる役割は変化していった。顧客との面談時間が次第に減り、実績を説明する資料作りや、経営会議で部長が発言するための台本作りに時間を割かれるようになった。

「なんで俺はこんなことをしているんだ?」

その思いが、ふとした瞬間に胸をよぎる。現場で経営者と直接向き合う喜びが薄れ、日々の業務が淡々とした義務に感じられるようになっていった。


さらには、金融監督当局への対応も小池の負担を増大させた。膨大な資料を整理し、部長の指示を仰ぎながら進める作業は、彼のエネルギーを奪っていった。

「もっと現場にいたいのに。」

そんな思いを抱えながらも、周囲からの期待に応えようと、無理を重ねる日々が続いた。

小池の仕事ぶりは依然として評価されていた。本部内では、史上最年少で課長に昇進するなど、キャリアは順調そのものだった。だが、彼自身の心は次第に疲弊していった。


「小池さんなら、さらに上を目指せますよ。」

周囲からの言葉は、むしろ彼の心に重くのしかかった。出世への期待とは裏腹に、彼の目標は経営者の支援であり、本部での地位には興味がなかったからだ。

仕事に対する違和感と過剰なプレッシャーが積み重なり、小池は次第にメンタルの不調をきたすようになった。夜も眠れず、朝起きるのが苦痛になる日が増えていった。

「俺は何のためにここにいるんだ…。」

その問いは、いつしか答えを見つけられないまま、小池の心を蝕んでいった。


そんな中でも、小池の心を支えたのは、現場で出会った経営者たちの言葉だった。

「小池さんがいてくれたおかげで、会社を続けられます。本当にありがとう。」

その言葉は、小池が支援者としての使命を再確認する原動力となった。

やがて彼は、自分の中で一つの結論を出す。「現場に戻り、経営者に寄り添う支援を続けたい。」

小池にとって、企業支援部での経験は、自身の「伴走」という支援スタイルを確立するきっかけとなった。そしてその思いが、後にフォレスト中小企業診断士事務所を立ち上げる決意へとつながっていく。


 
 
 

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